小さな一歩も、大きな成果も、どっちもすごい。

小さな一歩も、大きな成果も、どっちもすごい。
わたしってすごい。
毎月1日は、目標設定の会。
朝6時にzoomに集まる。
今日は日曜日。いつもより参加者さん多め。
目標設定の会では、
前月の振り返りを丁寧にする。
で、みんなで話しながらシェアする。
これが本当にいい時間なのだ。
ずっと動けなかったのが、ちょっとだけ「動けた」。
それがどれだけ尊いことか。
できないと思っていたことを、
ちょっとだけやってみた。
いきなり成果は出なくても、「やってみた自分」はどれだけ素晴らしいか。
ビジネス系の成果発表の場では、
できたか・できていないかだけが取り上げられる。
そして、少しでも数字が大きな人が「勝ち」とされる。
あの人みたいになりなさい、と言われたりする。
違うのだ。
そうやって、あの人みたいにならなきゃやばいとがんばれるのは、せいぜい1年ぐらいだろう。
それは自分の居場所がなくなることへの恐怖からの衝動である。
一方で、「一見して華々しい成果」「人に言ったら羨ましがられそうなこと」が口に出せない、という苦しさもある。
自分ががんばって、努力して、工夫してやり遂げたことを話したら「自慢かよ」「あなたはできていいですね」みたいに思われて(時には言われて)それが苦しくて、自分の成果みたいなものが話せなくなる、と感じる人もいるのだ。
そちら側のケアは、この世ではあまりされない。
「いいよね〜あなたは」で終わるのだ。
でもそこにある苦しみを私は知っている。
「できても、できなくてもOK」ではない、と私は思う。
「できなくてもOK」じゃなくて、そうやって雑に自分を見るのではなくて、ほんの小さな、誰も気づいてくれないような、でも確実に自分の中にはある「変化」に気づけることが大事なんだと思う。
それは時には「後退」のように見えることもある。でも、後ろに下がっているようでも、下に落ちているようでも、変化なのだ。
そして「行動した自分」。
人から見たら、なんだそれ、大したことないね、と言われそうなことであっても素晴らしい。動いたこと。動けたこと。そこになにがあるのか。
なーんてことを考えながら、すごくいろんな気づきがあった1時間でした。
「これまで、ハムスターのように、成果に追われて苦しかったのが、コトスク!に入ってから、楽しくなって、コトスク!で作ったものをパッと出しただけで、新規のお客様も増え、継続にも繋がった」という話を聞きながら、
この場があってよかったな、私にとっても居場所だな、みんなにとって、ちょっと頑張ろうとか、ちょっとここなら話せるなとか、そういう場になれたらいいなと思いました。
そのためにも、続けるためにも、私も今日もがんばろう。楽しんで。






